Vol 1. ソチオリンピック
今年のスポーツ界は、
ワールドカップ(FIFAワールドカップ)と、すでに終わってしまったが冬季オリンピックソチ大会がなんといっても大きなイベントである。
もちろん、世界では、毎年全ての競技で、世界選手権とは限らないまでも大きな大会が必ずあり、日本国内は、いつものようにプロ野球、Jリーグ、ゴルフ、大相撲・・・etc.それぞれの競技でそれなりに盛り上がるだろう。
競馬はもうじき春のクラシックシーズン(近年こういう表現はあまり使わないが)であり、単なるギャンブルの枠を超えた扱いをNHKがしたりする。
スポーツ好きの私にオフシーズンはない。
さて、現代は超スピード時代であるが故に、もうすでに忘れ去られようとしているが、まずはソチオリンピックについて振り返りたい。
ソチの報道はフィギュアスケート中心であった。今回は男子で日本人が初めて金メダルを獲ったということもあり、男子についても盛りだくさんだったが、ソチ前は女子、それもほとんど浅田真央オンリーであった。しかも浅田真央のフリーの演技は日本時間の深夜というより早朝だったにも関わらず驚異的な視聴率だったと聞く。
いったいいつから日本人はこんなにフィギュアスケートが好きになったんだろう?
私にとっての冬季オリンピックは1972年の札幌大会からである。
あの大会の人気No.1も確かにジャネット・リンというフィギュアスケートのアメリカの美少女だった。では、日本の女子の代表は誰だったか皆さん覚えているだろうか?
山下一美である。
あくまで私と同年代以上限定だが、「私はフィギュアスケートが大好きなんだ」とおっしゃる方ならこの名前を覚えていることだろう。山下一美は、あの一大イベントであった札幌オリンピックの日本フィギュアスケート界のヒロインなのだからこれはフィギュアスケート基礎知識と言っても過言ではない。「別にフィギュアスケートはそんなに好きじゃないから」というならともかく「フィギュアスケートが好き」とおっしゃるなら知っていなければいけない名前である。
残念ながら山下一美は、入賞が期待されたが一桁の順位にも入ることはできなかった。
よくがんばっていたが、素人目に見ても技術的には到底上位に行けるようなレベルではなかった。
山下一美を覚えている方、忘れた方、知らない方・・・はともかく、では、日本人がいつからフィギュアスケートが“こんなに”好きになったか?だが、それは、おそらく浅田真央の出現からである。
近年「フィギュアスケート◎×大会」やら「◎×▼オンアイス」などといったフィギュアスケートの中継がやたらと多くなった。
10年程前とは比較にならない。これは、浅田真央だけではなくそれに絡むライバルたちの存在も大きいのではないかと思われる。ストーリーを作りやすいし、男子も日本勢にそこそこ粒が揃っている。つまり浅田真央以外の役者がそろっていることもフィギュアスケート中継大幅増につながった大事な要素なのだという推理が容易に成り立つ。
実は、日本のフィギュアスケートが結構強くなったのはそんなに最近ではない。佐野稔が1977年の東京世界選手権で銅メダルを獲ったのが、オリンピック、世界選手権で、日本人が男女を通じて獲った初めてのメダルである。このとき佐野はフリーだけなら1位だったのだ。だが、この世界選手権は東京で行われていたにも関わらず男子フリーの生中継はなく、深夜録画だった。その時代、女子ではすでに渡部絵美がグングン力を付け、世界で表彰台を狙えるレベルにまできていた。札幌からわずか5年で、日本のフィギュアスケートは長足の進歩を遂げたのだ。それでも、テレビのフィギュアスケートの扱いはそんなものだったのである。札幌のジャネット・リンの人気も、当時すごかったような印象があるが、世間一般の関心というレベルで考えればそれほどのことはなかったということになる。
日本のフィギュアスケートのその後についてはあまり説明の必要はないだろう。伊藤みどりという天才少女の出現と、イナバウワーだけがやたらと有名になった荒川静香の2006年トリノオリンピック日本フィギュアスケート界初の金メダルといったところだけをここでは強調しておく。
でも、荒川静香も伊藤みどりも浅田真央ほど騒がれたかといえば、ここで具体的な数字は出せないが、これもたぶん大したことはないのである。荒川静香のトリノでのフリーの演技も日本では深夜だったが驚異的な視聴率だった記憶はない。伊藤みどりも1992年のアルベールビルオリンピックで銀メダルなのだ。
今回のソチほど役者が揃っていなかったからなのか?それとも(私はそうは思わないが)伊藤みどりや荒川静香より浅田真央が可愛いからか?
トリプルアクセルがすごい?私にとってはビールマンスピンを最初に見たときのほうが衝撃だった。
ところで、私はスポーツ全般が大好きだが、フィギュアスケートはあまり好きではない。
もともと採点競技そのものが好きではない。それはなぜかといえば、採点にはいろいろな基準や規定があって加点されたり減点されたりするのだろうが、私が納得いく採点にはお目にかかったことがほとんどなく、ストレスが溜まるからである。フィギュアスケートはそれに加え、ショートプログラムならまだしもフリーは演技時間が長い。私が知っている採点競技の中で最も長く(男子4分30秒、女子4分)、しかも採点の度に、なぜだ?!となる。
フィギュアスケーターのアスリート能力が高くないわけでないのはよくわかっているが、ストレスを溜めるためにわざわざ観たいとは思わないのである。だから、あくまで私の感覚だが、睡眠不足になってまでソチの浅田真央のフリーの演技を生で観るというのは理解できないのだ。
フィギュアスケートが好きな人はストレスが溜まらないのだろうか?
スポーツ観戦には普段全く興味を示さない今年で84歳になる私の母は昔から「フィギュアスケートは好き」と言ってはばからない。そのあたりにフィギュアスケート人気のヒントがあるようにも思うのだが・・・。
さて、私が冬季オリンピックでいつも最も関心があるのは4人乗りボブスレーである。冬季オリンピックの競技の大半は雪と氷に覆われた中での生活手段、その延長線上のものである。ボブスレーは、スキーやスケートができなくても雪と氷の中で移動することができる便利な乗り物、ソリである。4人で最も目的地に早く着くことを競うのが原点となっている4人乗りボブスレーはいつも大会最終日に行われるように、ある意味冬季オリンピックの華なのだ。
ジャマイカ人の挑戦が元になってできた映画「クールランニング」以来、それまでよりは注目されるようになった4人乗りボブスレーだが、私は札幌オリンピック以来この競技が大好きで放送されたら必ず観る。
100分の1秒を争う極めてシンプルな競技であり、私にとっては間違いなくフィギュアスケートより面白い。
ただし、氷上のF1と言われているように、マシンの優劣によってタイムが全然違ってくるので、マシンの開発に力を入れているとはいえない日本のボブスレーが世界と伍して戦う日がくるとは到底思えないのがはなはだ残念である。
四家秀治(よつやひではる)
1958(昭和33)年8月18日千葉県松戸市生まれ
1977年海城高校卒
1983年同志社大学卒
RKB毎日放送アナウンサーを経てテレビ東京アナウンサー、2011年テレビ東京を辞め、現在はフリー、
一貫して スポーツ実況アナウンサー、ほぼ全ての競技を担当してきた
2000年シドニーオリンピック、NHK、民放合同の実況アナウンサー混成チーム、ジャパンコンソーシアム16人の一人として派遣される
2003年第5回ラグビーワールドカップ(オーストラリア大会)テレビ東京地上波独占中継では、メイン実況アナウンサーを務める
著書に「西本阪急ブレーブス最強伝説」(言視舎)
共著として「男泣きスタジアム」(彩流社)
「ラグビー名勝負伝」(彩流社)
「BOXING名勝負大全」(白夜書房)など、