VOL.30 統制経済
「官民対話」なる政府と経済界代表との直接対話をみていると日本は本当に自由主義経済の国なのだろうかと心配になる。先の会合で政府は企業に対して賃上げや設備投資の大幅な増額、さらには先端技術開発といったことを強く要請したという。政府が企業の経営そのものに関わるようなことに直接口を出すのは筋違いというものだと思うのだが、これに対して経団連会長は政府の要望に沿って設備投資の増額や今年以上の賃上げを約束するような踏み込んだ発言までしたのには驚いた。政府の方針、要請にそって企業経営をするというのではもはや社会主義国の統制経済と同じではないのか。
しかし大方のテレビ新聞はこんな政府と企業の協調ぶりに対する疑問や懸念といったことには何も触れず、これで景気が良くなるなら日本経済にとっては明るいニュースという報道ぶり。どうも単純に、賃上げが行われれば厳しい雇用環境や低賃金にあえぐ労働者にとっては朗報であり、設備投資が増えることも雇用につながればそれも歓迎すべきことととらえているようだ。しかも企業は利益をあげているのだからその利益を貯め込まず雇用や福祉など使うべきだという企業批判は分かりやすいし一般視聴者、読者の支持も受けるということだろうか。結果的にその論調は政府の政策を批判するどころか企業に対する政府の要請を後押しすることになっていた。いくら経済が分からないと言ってもそれはないだろう。
と思っていたら、日経だけが、「官民いびつな協調」との見出しを掲げて経団連が設備投資や賃上げで「異例の回答」をしたと伝え、加えて「政府の介入に違和感」、「政府はほかにやるべきことがある」という論調の編集員の批判的な解説を載せていた。企業経営に政府が介入することは企業のモラルハザードを招き、活力をそぎ、日本経済をいびつなものとし、世界の自由主義経済社会からの批判にさらされることになる。自由主義市場経済を標榜する日経としては正論を展開する。さすが経済専門紙と見直したのだが、ふと財界の応援団であり現政権寄りとみられる日経がここまではっきり厳しい論調で書かざるをえなかったのはなぜなのか逆に気になった。ひょっとすると私が思う以上にすでに実態は官の統制色が強まっていていることへの危機感の表われではないのか。真意は分からないが、問題の本質がどこにあるかを知らしめることになったのは確かだ。
政府は年金積立基金の株式市場での運用を拡大し、デフレ脱却という大義を掲げて日銀との協調関係も強化してきた。その結果、日本の株価や国債は官制相場化しているといわれている。これだけでもすでに日本は十分に経済での統制色を強めている。そこに加えて民間企業が政府の意向で動くということになったら? もはや日経に期待するしかないか。
小西洋也(こにし・ひろや)
1947(昭和22)年生まれ。東京都出身。
1966(昭和41)年、海城高校卒。
1970(昭和45)年上智大学卒、日経新聞記者。その後テレビ東京、BSジャパンで報道に携わる。
現在は自由業。海原会副会長、海原メディア会会長。